
DCF法の現在価値計算ステップ5/5です。DCF法の解説最終回は、前回計算した企業価値から株式価値を算出するとともに、1株当たり株価を計算します。
ステップ5:企業価値(EV)から株式価値を計算する
企業価値(EV)に含まれている価値と含まれていない価値を正しく理解する
ステップ1(解説14)で、EBITDAの定義について説明しましたが、企業価値(EV)もEBITDAと同様に以下の3つのCを全て満たすものだけが含まれています。EVはEBITDAをスタートにしてFCFを算出しているので、含まれるものが一緒というのは、当然と言えば当然ですね。
~EVの3つの条件(3つのC)~
- その会社の本業であること(=Core)
- その事業が継続していること(=Continuing)
- その事業を支配していること(=Controlled)
企業価値(EV)とは、その企業の本業の価値のことを指します。なので、本業ではない金融投資や不動産、清算することが決まっている事業等は含みません。また、EVの計算過程を見てもらうと、現金をどれだけ持っているかはEVには一切影響しません。つまり、余剰現金の有無も企業価値には影響しません。
一方で、株式の価値には、本業であろうとなかろうと、その企業が保有している全ての資産が価値として認識されます。なので、EVを計算した後、株式価値を改めて計算することが必要なのです。
企業価値(EV)から株式価値への計算方法
EVには、企業の本業以外の価値が含まれていないので、株式価値にするにはそれらを加えてあげなければなりません。また、EVの計算はアンレバード(=無借金状態)を想定していたので、負債がある場合は、それを差し引く必要があります(負債は株主にとっての価値ではないので)。このようにして、普通株式の保有者にとっての価値を導くことになります。
~企業価値(EV)から株式へ変換するための主な調整項目~
- +)本業以外の資産価値(不動産、非継続事業の資産など)
- +)長期投資(連結していない投資)
- +)現金・短期金融資産
- -)負債
- -)被支配株主持分
- -)優先株式価値
おさらいになりますが、企業価値というのは、企業の主たる事業の価値を表します。しかし、企業には主たる事業以外に価値のある資産等(現金や不動産等、投資有価証券等)があるので、それらを加えることで、その企業のトータルの価値を算出するというのが、上の調整項目の1~3になります。
そこから、普通株主よりも優先して弁済を受ける権利を持つ負債や優先株の保有者への返済分を差し引いた残りの部分が普通株式の価値になります。
1株当たり株価は希薄化後の発行済み株式総数を使う
普通株式の価値をを発行済み株式総数で割ると、一株当たり株価になります。この時に注意が必要なのは、発行済み株式総数は希薄化後の値を使用するということです。希薄化後というのは、ストックオプションなど、権利を行使すると発行済み株式総数が増える効果を持つものについては、権利が行使されたと仮定して総数に加えた値です。こちらについては、別の回で希薄化の計算方法を解説したいと思います。
最後に、私のモデルではどのような計算になっているかを見てみましょう。
これで、DCFは完成になります。お疲れさまでした。
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投資銀行に勤務の方ですとDCFのすべてのプロセスを完了するのに概ねどのくらい時間を要するものなのでしょうか?
開示されている情報の粒度や対象会社の事業内容の複雑さによって所要時間は大きく変わりますが、ほとんどのモデルは1日~1週間程度の期間で作成していると思います。ちなみに、当サイトで提供しているシンプルな事業構造の会社であれば、1日で作成できる方がほとんどだと思われます。
はじめまして。エクセル購入させて頂き、とても勉強になっています。
DCFについてご質問です。
DCFではEntity Approach、Equity Approach、APVの主に3つのアプローチがあると理解していますが、実務においてはどの程度使い分けておりますでしょうか。
恐らく銀行のバリュエーションはEquity approachがメインだと存じますが、ケースバイケースで使い分けているのか、等々ご教示頂ければ幸いです。
どうぞよろしくお願い致します。
おっしゃるとおり、銀行のバリュエーションではequity approachを用いますが、事業会社の評価では通常entity approachを用います。投資銀行業務ではAPVを用いているケースはほとんど見たことがありません。APVはD/Eレシオが将来大きく変動する場合に用いられる手法ですので、どちらかというとVC・PE投資で成長ステージにある企業を評価する場合に使われるという理解ですが、VC・PEの実務は経験していないため、この点について詳しく回答することができない点、ご容赦ください。
壁道さん、早速のご返信ありがとうございます。とても参考になります。
追加で質問なのですが、entity approachで将来のD/Eが大きく変わる場合、どのように調整するのがベストでしょうか。例えばFY+3で大きくD/Eが変わってWACCがWACC3になったとしたら、FY+4以降のFCFをWACC3で割り引いていく、という形でしょうか。
(支払利息等々はプロジェクションで調整される前提)
また、カバレッジでのバリュエーション業務において、リアルオプション法を使うことはありますでしょうか?
度々恐縮ですが、ご回答お待ちしております。
WACCが前提とするD/Eは、対象企業にとっての中期的に達成される最適資本構成ですので、計画期間における多少のD/E変動は勘案せず1つのWACCを使用します。WACCとWACC3がどのくらい異なるか次第ではありますが、例えば1%以上異なるようであればAPVを用いる方が適切かもしれません。一方、差異が0.1-0.2%程度であれば、リスクフリーレートの短期的な変動でも生じる程度の誤差の範囲と考えて、全期間WACC3を使うということでよいと考えます。
これまでの経験ではリアルオプション法を用いたことはございません。その理由としては、各オプションの発現可能性を客観的に定められないことが挙げられます。このため、M&Aにおいては売り手シナリオや買い手シナリオなどいくつかのシナリオを作成し、そのシナリオ毎にバリュエーションを行いますが、各シナリオの発現可能性は定めないことがほとんどと思われます。ただし、私が認識していないだけで、リアルオプションを使われていることもあるかもしれませんので、この回答はあくまで私見となります。
丁寧なご回答、大変ありがとうございます。大変参考となりました。引き続き、楽しくサイト拝見させて頂きます。
お世話になります。
本エクセル上は、事業価値から株式価値への転換の足し引きの際に、その他資産を足し上げておりませんが、本ケースにおいては、その他資産は事業資産として、事業価値(EBITDA×マルチプル)に含まれている、という理解で良いのでしょうか。
一般的には、その他資産は事業とは関係ないものも多いと思い、その場合は足し上げた後に、負債を引いていくという理解で良いでしょうか。
このモデルでは、その他資産は事業に関連のある資産としており、その他流動資産は運転資本として取り扱い、その他非流動資産は営業キャッシュフローの計算において加味しております。ご記載いただいているとおり、事業と関係ない場合は事業価値を計算した後に加算することになります。実際のその他資産の取り扱いについては、財務諸表の注記を見て事業に関連したものかをその都度判断して決めることになります。
お世話になっております。
最近外資系投資銀行のジョブに向けてこちらのサイトで勉強を始めたのですが、ジョブにおいてもこのレベルのバリュエーションは求められるものでしょうか?稚拙な質問で申し訳ありません。
最新の外資系投資銀行のジョブの内容をお答えすることができないのですが、このサイトで解説しているモデルをゼロから何もみずに自分で構築することは求められないと思います。
ジョブの準備としては、DCFの作り方や考え方だけでも参考書やこのサイトで勉強されると良いかと思います。