投資銀行の本格的DCF~エクセル付きで企業価値評価を解説15

DCF法の現在価値計算ステップ2/5です。前回計算したFCFを現在価値に割り引くための割引率であるWACCの計算方法を解説します。

ステップ2:WACCを計算する

WACCの計算式は1つずつ分解するとわかりやすい

WACCの計算式は、以下のとおり文字ばかりで長たらしいので、慣れない人にはわかりにくいと思いますが、1つずつ意味を分解すると理解しやすくなります。

~WACCの計算式~

WACC = [Ke × E / (D + E)] + [Kd × (1 – T) × D / (D + E)]

Ke:株主資本コスト、E:株式(時価)、D:負債(時価)、Kd:負債資本コスト、T:税率

では、WACCの計算式を分解してみてみましょう。

Ke(株主資本コスト)は株主が会社に要求するリターン

Ke(株主資本コスト)は、株主が会社に対して要求するリターンを指しますが、実際に全ての株主にインタビューして「あなたがこの会社に期待するリターンは何%ですか?」と聞くことは現実的ではないので、CAPM(Capital Asset Pricing Model)という理論を使って推計します。

~CAPMによるKeの計算~

Ke = Rf + [βlev × (Rm – Rf)]

Rf:リスクフリーレート、βlev:レバードベータ、Rm:マーケットリスクプレミアム

Rf(リスクフリーレート)は、無リスク資産の代表である長期国債の利回りを使います。どの国の企業を評価するかによりますが、流動性の高さから10年国債が使われることが多いと思いますが、20年や30年国債を使うケースもあります。米国のように10年以上の超長期国債の流動性が高い場合は20年債を使うこともありますし、また日本のようにマイナス金利で10年国債が日銀のコントロール下に置かれている場合、10年国債金利が正常な状態の金利水準を反映していないので、やはり20年や30年の超長期国債を使うことになります。

βlev(レバードベータ)は、企業の株価が市場の株価全体(TOPIX等)と比較してどのくらいのボラティリティがあるかという値です。企業が上場している場合は、その企業のβlevをエクセルで自分で計算することもできますし、ブルームバーグ等を使用できる方は容易に値を入手できます。ただし、過去の株価を用いて計算したβは、過去一定期間の株価(=サンプル)を用いて統計的に計算したものであるため、推定誤差が生じます。このため、上場企業であっても、以下で説明する未上場企業のβ算出方法を用いる方が統計的に誤差が少なくなると考えられます。

未企業のβを算出する場合は、事業内容が類似している複数の上場企業のβを計算して、そこから対象企業のベータを推計することになります。ただし、ベータは負債の多寡で変動する(負債が大きいほどレバレッジが高くなり、ベータが高くなる)ので、類似企業のベータは対象企業にはそのままは使えません。

そこで、類似企業のベータを、一旦無借金状態のベータ(βu、アンレバード・ベータ)に戻して(アンレバリング)から、対象企業の負債比率に応じたベータ(βlev)に戻す(リレバリング)という計算が必要になります。

~ベータのアンレバリングとリレバリングの計算式~

アンレバリング:βU = βlev / [1 + D / E × (1 – T)]

リレバリング:βlev = βu × [1 + D / E × (1 – T)]

なお、修正βという考え方があり、ベータは最終的には市場平均である1に収斂するという考え方に基づき、算出したβlev(未修正β)に2/3を乗じてから1/3を足すという計算をする場合があります。どちらのベータを使用するかは各企業の判断による部分もあるかもしれませんが、投資銀行では修正βを使用することが多いと思います。

~修正βの計算式~

修正β = 未修正β × 2 /3 + 1 / 3

Rm(株式期待収益率)は、株式に対して投資家がどれだけのリターンを期待しているかという数字で、Rm – Rfとなると、投資家が無リスク資産に対してどれだけの超過リターンを株式に求めるかという数字になります。

この値を直接観測することは難しいので、一般的にはIbbotsonという調査会社のデータ(有料)や、ニューヨーク大学のDamodaran教授のデータ(無料)を使うことが多いです。

E / (D + E)は総資産に占める株式の比率

この値は、上場会社であれば直近決算期の値を使うか、中期的に負債比率が変動することが見込まれる場合は、変動後の将来目標値を使います。

一方で、未上場企業の場合、特に中小企業の場合は、負債比率が最適化されていない可能性があるので、βを算出する際に使用した類似企業の平均や中央値の比率を使うことになります。

Kd × (1 – T)はタックスシールド考慮後の負債コスト

Kd(負債コスト)は、実際の借入金利を用いればいいのですが、WACCの計算ではタックスシールドを考慮する必要があります。タックスシールドとは、支払利息が利益を減少させることで生じる減税効果のことを指します。つまり、借入金利はX%だとしても、その金利支払いはその分利益を減少させるので税金が安く済むため、実質的な金利負担はX% × (1 – T)になるというものです。

D / (D + E)は総資産に占める負債の割合

これはE / (D + E)と表裏一体なので、詳細な説明は割愛します。

WACCのエクセルでの計算方法

最後に、エクセルでどのように計算しているかを見ていきましょう。私のモデルでは、calcシートでWACCを計算しています。アンレバードβは数字を手打ちしていますが、実際の算出方法は先ほど説明したとおりです。

DCF-WACC

投資銀行で使われるテクニック的なものですが、WACCを含めDCFは多くの前提を用いて計算するので、最終的なアウトプットは1つの値ではなくレンジで示すようにしています。WACCであれば、7%~9%で0.5%刻みで変化した場合の企業価値をそれぞれ示した表を作成したり、フットボールチャートと呼ばれる最高と最低の値を帯状に示したグラフを用いたりします。

以上、今回は数式が多く、少し複雑だったかもしれませんが、繰り返し読んでいただければ少しずつ理解が深まると思います。

次のステップ

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エクセルをダウンロードしてない方は、ダウンロードページからダウンロードしてください。

コメント(質問への回答はご購入者に限定して対応しております)

  1. モデリング初学者 より:

    壁の道の向こう側様
    先日より訪問したてで、少しずつ解説を拝見させて頂き、大変勉強になっております。
    本稿に関して、1点お伺い出来ればと存じまして、アンレバードβの算出式が以下とご記載されており、負債が多いほどβUが高まってしまうというような計算式なのかな、というのは何となくわかるのですが、なぜこの式でβUとして良いのか、腹落ちするほど理解出来ていません。色々調べても、βUの算出式はこう、としか説明しているものしかなく、少し詳しく、理屈でご説明頂く事は可能でしょうか。。

    アンレバリング:βU = βlev / [1 + D / E × (1 – T)]

    1. 壁道さん より:

      レバードβとアンレバードβの関係を理解するには、モジリアーニ・ミラーの理論(MM理論)を理解する必要があります。この理論の証明をこのコメント欄で行うのはスペースの関係もあり難しいのですが、この点を理解するための参考図書として企業価値評価 第6版[上]―――バリュエーションの理論と実践をお勧めいたします。
      なお、MM理論について簡単に解説しますと、この理論では、法人税が存在しない完全市場においては資本コスト(WACC)は資本構成に影響しないということが証明されています。つまり、株式:負債=100:0であっても、50:50であってもWACCは不変ということになります。法人税がない場合のアンレバリング式はβU = βlev / (1 + D / E) となるのですが、負債Dが増加すると株主の期待収益率が高まるためβlevは上昇しますが、右式の分子と分母が同水準だけ増加するため、結果的にβUは不変となるというのがMM理論から導き出されています。しかし、法人税が存在する世界においては、アンレバリング式はβU = βlev / [1 + D / E × (1 – T)]となり、βUを一定とした場合、法人税の節税効果分(1 – T)だけ、法人税が存在しない場合と比べてβlevは低くなり、企業価値が高まります。

      1. Max より:

        レバード・ベータについて質問です。「企業価値評価 第6版[上]―――バリュエーションの理論と実践」の参考資料C、図表C-3を見ますと、本ページで説明されているレバード・べータとアンレバリングの定義の前提は、(1)有利子負債が無リスク、かつ(2)節税効果と有利子負債リスクが同等、の二つであると読めると思います。
        そうであるならば、上記(2)について、なぜ節税効果と有利子負債のリスクが同等との前提を置かれたのでしょうか?節税効果と事業用資産のリスクが同等、という前提では何が問題なのでしょうか?このあたりの理屈をご教示いただけますと幸いです。
        すでにご説明されているMM理論の前半は理解することができたと思うのですが、後半の以下抜粋した部分が理解できておりません。

        「しかし、法人税が存在する世界においては、アンレバリング式はβU = βlev / [1 + D / E × (1 – T)]となり、βUを一定とした場合、法人税の節税効果分(1 – T)だけ、法人税が存在しない場合と比べてβlevは低くなり、企業価値が高まります。」

        1. 壁道さん より:

          ベータについてどのような前提を置くかはケースバイケースで決めていくものですので、節税効果と事業用資産のリスクが同等、という前提に問題があるということではございません。
          このページで紹介しているアンレバリング式については、実務では多用されている一般的なものですが、その背景については下のリンク先の66-67ページをご覧いただくと分かりやすいと思います。
          https://www.plutus-com.gsm.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2019/12/e6b32d67392094d852919fb32d464013.pdf

          「しかし、法人税が・・・」のコメントにつきましては、節税効果がない場合のアンレバリング式<βU = βlev / [1 + D / E]>と節税効果がある場合のアンレバリング式<βU = βlev / [1 + D / E × (1 – T)]>を比べていただくと、βU、D、Eが同じ場合、βlevは節税効果がある場合の方が低くなるということを説明しております。βlevが低くなることで割引率が小さくなるので、企業価値が高まります。

  2. 星 正造 より:

    壁の向こう側様

    お世話になります。
    実務での株主資本コストのリスクファクターについてご質問させてください。

    質問内容は下記の2点です。
    1、マーケットプレミアムだけでなく(CAPM)、sizeプレミアムを乗せるのは一般的なのでしょうか?また、FAMA-FRENCH 3 factor modelでいう簿価時価比(HML factor)を除いた理由があればご教示いただければ幸いです。
    2、フルパックではsizeプレミアムの部分は2%を数値がベタ打ちだったのですが、実務でsizeを考慮する際は、sizeに対するリスクプレミアムとsizeのβを計算して算出するのでしょうか?それとも簡易的に何らかの数値を入れるだけなのでしょうか?

    お忙しい中、恐縮ですがお手すきの際に ご教示いただければ幸いです。

    1. 壁道さん より:

      ご質問ありがとうございます。

      (1)株主資本コストの計算にサイズプレミアムを考慮するのは、企業価値算定の実務では一般的となっております。
      HMLファクターを考慮していないのは、WACCの計算で使用しているマーケットリスクプレミアムは、通常はCAPM理論を使用しているため、ファーマフレンチモデルのようにHMLファクターを分解していないことが理由になります。ここで加算しているサイズプレミアムは、CAPMによって算出される株主資本コストに対して、一定規模よりも小さい企業については、大きい企業よりもリスクが高いと考えられることから、一定のプレミアムを上乗せするというものなので、ファーマフレンチモデルにおけるHMLファクターを無視しているということではありません。
      ご参考までに、サイズプレミアムに関する参考記事のリンクを載せておきます。
      https://www.plutuscon.jp/reports/488
      https://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/jp/Documents/mergers-and-acquisitions/jp-ma-basic-ma_08_20140827.pdf

      (2)サイズプレミアムは、以下の式のように、算出した株主資本コストに外側から一定の値を加算します。
      Ke = Rf + [βlev × (Rm – Rf)] + Rsize
      実際のサイズプレミアムの水準については、情報ベンダー等が提供する推計値を用いるケースが一般的です。有料のものでは、イボットソン・アソシエイツやプルータス・コンサルティングなどが推計値を提供しています。無料のものだと、ニューヨーク大学のDamodaran教授がご自身のウェブサイトで公開しております。

  3. Long より:

    壁道さん

    いつも参考にさせて頂いております。
    有利子負債コストの節税効果につき1点質問させて下さい。

    何故、WACCの有利子負債コストに(1 – T)を乗じるのでしょうか?

    企業側から見た場合は、タックスシールドがある分資本コストは低く済むため(1 – T)を乗じる必要があると判るのですが、投資家側から見た場合は、借入金利に(1 – T)を乗じてしまうと、期待収益率とは言えなくなるのではないでしょうか。

    初歩的な質問で恐縮ではございますが、お手すきの際にご回答頂けますと幸いです。

    1. 壁道さん より:

      WACCは税引後利益に対して適用する割引率(=期待収益率)になります。借入金利はタックスシールド適用前の値なので、税引後利益に適用するためには借入金利を税引後利益に対する値、つまりタックスシールド適用後の値にする必要があります。
      また、投資家から見ても、税引前利益に対する借入金利と税引後利益に対する借入金利×(1-T)は同義になります。
      例えば、100万円を5%で借りた場合、税率40%とすると、5万円の金利返済と5万円×40%=2万円の節税効果により、実質返済額は3万円となります。
      これを投資家側から見た場合、金利返済のためには企業に税引前ベースで5万円を稼いでもらう必要がありますが、税引後ベースで3万円を稼いでもらえれば、税引前で5万円になるので同価値になります。
      これを金利ベースに変換すると、税引前利益に対する5%の金利と税引後利益に対する5%×(1-40%)=3%の金利は同価値ということになります。
      つまり、投資家にとっても、税引前ベースの借入金利と税引後ベースの借入金利(1-Tを乗じたもの)はどちらも期待収益率としては同義となります。

      1. Long より:

        壁道さん

        ご丁寧にご解説頂きありがとうございます。

        税引後利益に足並みを揃えるのだから当然(1-T)は乗じなければならないし、期待収益率としては税前だろうが税引き後だろうが同じように機能している、と理解出来ました。

        引き続きこちらで勉強させて頂きます。
        宜しくお願い致します。

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