「AIが財務モデリングをやってくれるなら、わざわざExcelを覚える必要はないんじゃないか?」

財務モデリングを学習中の方の中には、このような疑問を持つ方もいるのではないでしょうか?OpenAIがウォール街のジュニアバンカーの仕事を自動化しようとしているというニュース、LBOモデルをAIが12分で作れるというデモ動画——確かに、不安になるのは当然です。

私のM&Aアドバイザーとしての経験から、AIがモデリングに与える影響について、感情論ではなく実際のデータと実務経験に基づいて検証してみます。

結論を先に言うと、財務モデリングスキルの価値は下がらない。むしろ、スキルを持つ人と持たない人の差は今後さらに広がると考えています。その理由を順番に説明します。

AIの現状:LBOモデルは本当に12分で作れるのか?

まず、AIの「実力」を正確に把握するところから始めましょう。

Wall Street Prepが2026年2月に実施した検証では、Shortcut・Claude・Microsoft Copilot・ChatGPTの4つのAIツールに対して、ジュニアアナリストと同じ課題(Appleの財務3表モデル作成)を課しました。結果は明確でした。最高評価のツールでさえ、評価の低いジュニアアナリストを下回った。さらに深刻な問題として、AIのエラーは人間が通常確認しない場所に潜むという指摘がありました。

確かに、AIは「0から60%まで」モデルを素早く仕上げることは得意です。しかし残りの40%——前提条件の妥当性検証、業界固有の会計処理、クライアントへの説明責任——はまだ人間の領域です。

同検証はこうも述べています。AIに関するニュースが多いにもかかわらず、日常的な財務モデリングのワークフローを実質的に変えた人はほとんどおらず、アナリストは依然としてExcelを開き、従来通りの方法でモデルを構築していると。

もちろん、AIの性能は日々進化しますし、将来的にはAIが完璧なモデルを構築する日がやってくるかもしれませんが、少なくとも現状はそうではありませんし、仮にAIが完璧なモデルを構築したとしても、財務モデリングスキルが不要になるということではありません。

OpenAIの「Project Mercury」が示す本当の意味

2025年10月、OpenAIがウォール街の元バンカー100名以上を採用して財務モデリングAIを訓練しているという報道(Project Mercury)が話題になりました。JPモルガン、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレーの出身者が、Excelのマージンサイズ、パーセント表示の書式、配置ルールまで細かくAIに教え込んでいるというものです。

この報道を受けて、エコノミストのShawn DuBravacはこう述べています。「1年以内に、アナリストが週に何時間も費やす繰り返し作業の60〜70%が自動化されるだろう。しかしエントリーレベルの人材がすぐになくなるとは思わない。必要とされるスキルセットが変わるのだ」

重要なのはこの一文です。「スキルがなくなる」のではなく「必要なスキルが変わる」。これが実態に最も近い表現だと思います。

M&Aアドバイザーの実務から見た「AIに代替できない仕事」

実務に携わる者としての立場で、M&Aアドバイザリーの現場でAIが代替できない仕事が何かを考えると、明確な答えがあります。

① 前提条件の妥当性を判断する能力

DCFモデルで最も重要なのは、WACCや成長率といった数字そのものではなく、「なぜその数字が適切か」を説明できる能力です。売上成長率を5%と置くのか8%と置くのか——その判断は、業界動向、競合分析、経営陣との対話、マクロ経済の理解を総合して行われます。AIはデータを処理できますが、「この前提は本当に妥当か?」という問いに答えることはできません。

② 投資委員会・クライアントへの説明責任

PEファンドの投資委員会でLBOモデルを説明する場面を想像してください。委員から「このEBITDAマルチプルの根拠は?」と問われた時、AIが作ったモデルだから分かりません、とは言えません。モデルの構造を理解し、前提を自分の言葉で説明できる人間が必ず必要です。10億ドル規模の企業のCEOは、常に人間の関与を求めるのです。

③ AIの出力を「検証する」ためのスキルが必須になる

これが最も重要な逆説です。AIが作ったモデルをチェックするためには、自分でモデルを作れる能力が必要です。モデルの構造を理解していなければ、AIのミスを見抜くことができません。

つまり、AIを使いこなすためにこそ、財務モデリングスキルが必要になるという構造です。

「人員削減」の報道は本当か?実際の業界動向

確かに、採用は変化しています。2026年の業界動向を分析したレポートは、「グローバルの投資銀行はより選別的になり、人数を減らしても質の深さに注目している」と指摘しています。

しかしこれは「財務モデリングスキルが不要になった」からではなく、むしろその逆です。2026年までに、銀行はアナリストが入社初日から会計ロジック、バリュエーションフレームワーク、ディールストラクチャーに慣れていることを期待しているのです。

Deloitteの調査では、生成AIの活用によってトップ14のグローバル投資銀行のフロントオフィス生産性が27〜35%向上し、1人あたり最大350万ドルの追加収益が見込まれると分析されています。ただしこの生産性向上は「人員削減」からではなく「既存の人材を指数関数的に効率化すること」から生まれているという点が重要です。

20年後も財務モデリングスキルは価値を持つか?

財務モデリングは「ツール」ではなく「思考法」です。DCFモデルを作る過程で、事業の収益構造を理解し、リスクを定量化し、価値を論理的に導く力が身につきます。この思考法は、AIがどれだけ進化しても代替できません。

むしろ、こう考えるべきでしょう。AIが「計算」を担当し、人間は「判断」に集中する時代が来る。そのとき、「判断」を正しく行うためには、計算の意味を深く理解している必要があります。

これは弁護士の世界で起きたことと似ています。法律データベースが整備されて「条文を調べる」作業が自動化されたとき、弁護士の仕事はなくなりましたか?そうではありません。法律の知識がある人間が、データベースを使って、より高度な法的判断を行うようになりました。財務モデリングも同じ道をたどるはずです。

では、何を学べばよいか?

変わらず重要なスキル

  • 財務3表の連動を手で作れる能力:モデルの骨格を理解していなければ、AIの出力を検証できない
  • 前提条件の設計力:成長率・割引率・マルチプルの根拠を説明できること
  • 感応度分析の設計:どの変数が価値評価に最も影響するかを把握する力
  • モデルの可読性・監査耐性:他者がレビューできる構造で作れること

今後さらに重要になるスキル

  • AIの出力を検証・修正する能力:AIが作ったモデルのエラーを発見できること
  • プロンプト設計力:AIに正確な指示を出すためにも、モデリングの深い理解が必要
  • 説明・コミュニケーション能力:クライアントや投資委員会への説明は人間の仕事

まとめ:AIはライバルではなく、あなたの能力を倍増させる道具

財務モデリングスキルはAIに代替されません。正確には、「モデルを手で作る作業の一部」はAIに移行しますが、「モデルを理解し、判断し、説明する能力」の価値は高まります

学習を続けている皆さんは、正しい選択をしています。AIが普及すればするほど、モデルを本当に理解している人材は希少価値を増します。今学んでいるスキルは、20年後も確実に意味を持ちます。


財務モデリングの学習を始めるなら、まずは無料で公開しているExcelテンプレートから始めてみてください。DCF・LBO・M&Aモデルを実際に手を動かして作ることで、AIには代替できない「理解する力」が身につきます。