コンプス分析やM&Aの価格交渉で「EBITDA 7倍」と言うとき、そのEBITDAはどの期間の数字でしょうか。前期の通期決算は、決算期末から時間が経つほど古くなります。かといって四半期単体では季節性に振り回されます。この2つの問題を同時に解決するのが、LTM(Last Twelve Months、直近12ヶ月)です。
本記事では、LTMの計算式と数値例、日本の開示資料からの数字の拾い方、そして決算期がずれたコンプスを揃えるカレンダライゼーションまで、実務の手順を解説します。
LTMとは:鮮度と季節性を両立する12ヶ月
LTM(TTM、Trailing Twelve Monthsとも呼びます)は、評価時点から遡った直近12ヶ月間の業績です。12ヶ月をひとまとまりにするので季節性が均され、直近四半期まで含むので鮮度が保たれる。マルチプル計算、M&Aの価格基準、融資のレバレッジ判定(Debt/EBITDA)と、実務のあらゆる場面で「現在の収益力」の標準物差しとして使われます。
LTM EBITDAの計算式:足して、引く
LTM = 直近通期 + 今期の期首からの累計(YTD) − 前期の同期間累計(前年YTD)
通期に新しい四半期を足し、同じ長さの古い四半期を引く。この「足して、引く」だけです。3月期決算の会社で、第2四半期(9月末)まで進んだ時点の数値例を示します。
| 項目 | 期間 | EBITDA(億円) |
|---|---|---|
| 直近通期(前期) | 前年4月〜3月 | 120 |
| + 今期YTD | 今年4月〜9月 | +70 |
| − 前期YTD | 前年4月〜9月 | −55 |
| LTM EBITDA | 前年10月〜今年9月 | 135 |
前期通期の120に対してLTMは135。直近の伸びが反映され、「今この瞬間の収益力」に近い数字になりました。成長企業ではLTMが通期を上回り、業績悪化局面では下回る——LTMと直近通期の差そのものが、モメンタムの簡易指標として読めます。
数字はどこから拾うか
日本企業なら、決算短信・四半期報告書の損益計算書は期首からの累計表示が基本なので、上の式にそのまま入ります。注意点は3つ。第一に、四半期単体の数字(Q2単体など)と累計(上期累計)を混同しないこと。第二に、EBITDAは開示されないことが多いため、営業利益+減価償却費(キャッシュフロー計算書または注記から)を各期間で一貫して組み立てること。第三に、期中の会計方針変更やセグメント変更があった場合は、遡及修正後の前年同期数値を使うことです。
LTMマルチプルと予想マルチプルの使い分け
コンプス表では、LTMベースのマルチプルと、予想(Forward)ベースのマルチプルを並べて載せるのが実務の標準です。LTMは「実績としての現在の収益力」を、予想マルチプルは「市場が織り込む将来」を映すため、両者は補完関係にあります。
読み方にはひとつ癖があります。成長企業ほど、予想EBITDAはLTMより大きくなるため、同じEVでも予想マルチプルはLTMマルチプルより低く出ます。「LTMでは12倍だが来期予想では9倍」という並びは、割高と割安の矛盾ではなく、成長期待の大きさそのものです。逆に両者がほぼ同じなら、市場はその会社の成長をあまり見込んでいない、と読めます。どのマルチプルを主軸に使うかの考え方はマルチプルの選び方で詳しく解説しています。
カレンダライゼーション:決算期ズレを揃える
コンプスには3月期決算も12月期決算も並びます。「A社のFY2026」と「B社のFY2026」が指す期間は9ヶ月ずれており、そのまま予想マルチプルを比較すると、成長企業ほど期間ズレの分だけ歪みます。そこで全社を暦年(カレンダーイヤー)ベースに引き直すのがカレンダライゼーションです。
方法は月数按分の加重平均です。3月期決算の会社の暦年2026年(1〜12月)の予想EBITDAは、2026年3月期予想が3ヶ月分、2027年3月期予想が9ヶ月分含まれるとみなして計算します。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 2026年3月期の予想EBITDA | 100 |
| 2027年3月期の予想EBITDA | 112 |
| 暦年2026年換算(100 × 3/12 + 112 × 9/12) | 109 |
この換算はキャッシュフローが年間で平準的に発生するという近似に立っています。季節性が極端な業種(小売の年末商戦など)では、四半期予想が取れるなら四半期ベースで積む方が正確です。近似であることを理解した上で、コンプス全社に同じ方式を適用する一貫性の方が、換算の精緻さより重要です。
Excelでの実装はシンプルです。コンプス表に各社の決算月を1列持たせ、暦年との重複月数(当期予想から何ヶ月、翌期予想から何ヶ月)を数式で自動計算させます。決算月を変えるだけで重みが連動する作りにしておけば、コンプスに新しい会社を足すたびに手計算する必要がなくなり、加重ミスも防げます。
実務での注意点
第一に、LTMは一過性を含んだ生の数字です。直近12ヶ月に訴訟和解金やスポット売上が入っていれば、その歪みごとマルチプルに乗ります。M&Aの文脈では、LTMを出発点に一過性を調整した正常化EBITDAへ引き直すのが定石です。何をEBITDAから外し、何を残すかの判定原理はEBITDA調整の実務で解説しています。第二に、期中に買収・売却があった会社のLTMは、対象事業が12ヶ月フルに入っていません。買収が期央なら6ヶ月分しか含まれないため、通年寄与に引き直したプロフォーマLTMを別途作ります。第三に、融資契約のコベナンツで使うLTM EBITDAは契約書の定義が絶対であり、分析用の定義と混同しないことです。
まとめ:期間を制する者がマルチプルを制する
LTMは「足して、引く」、カレンダライゼーションは「月数で按分する」。手順自体は単純ですが、分母の期間定義が揃って初めてマルチプルは比較可能になります。EV側の整合(ネットデットの基準日をLTMの末日に揃える)まで意識できれば、コンプス表の品質は実務水準です。
コンプス分析の全体手順は類似企業比較分析の解説で、分子と分母の整合はマルチプルの選び方で詳しく説明しています。練習版のExcelファイルは無料でダウンロードできますので、LTMの計算行を自分のコンプス表に組み込んでみてください。