AIが作った財務モデルを、そのまま使ってよいのか。2026年に入り、DCF(将来のキャッシュフローを割り引いて企業価値を求める方法)やLBO(借入を使った企業買収)のモデルをAIに組ませること自体は、もう珍しいことではなくなりました。X(旧Twitter)でも、最新のAIは投資銀行のジュニアバンカー並みのモデルを作れるようになった、という声を見かけます。
当サイトでは2026年4月にAIは財務モデリングスキルを不要にするかという記事を書きました。それから半年で、AIは大きく進歩しています。本記事はその続編として、AIが作った財務モデルの実力を公開データで確かめたうえで、どこをどう確かめればよいか、そしてAIがどれだけ進歩しても人に残る仕事は何かを、M&Aアドバイザーの実務の視点から整理します。
AIはどこまで財務モデルを作れるようになったか
手がかりになるのが、AIの性能評価を手がけるVals AIが公開している「Excel Modeling Benchmark」です。投資銀行やPEファンド(企業に投資して価値を高め、売却で利益を得る投資会社)の実務で作るExcelモデル――LBO、DCF、M&A、オペレーティングモデル(事業計画を財務三表に落とし込んだモデル)、類似企業比較など――をAIに一から作らせ、専門家が作った正解のモデルと照らして採点します。課題は、人間の専門家でも1件あたり最低5時間はかかる想定で作られています。
2026年10月12日時点で、最上位のAIモデルの正答率は76.67%でした。数字だけ見ると「7割以上できている」ように見えますが、評価する側は、部分点を積み上げる採点なので、高得点でも「相当程度できているが未完成のモデル」であり、顧客にそのまま出せる成果物ではない、と注意書きをしています。内訳を見ると、AIの実力の輪郭がはっきりします。
| 見た項目 | 最上位モデルの結果 | 読み取れること |
|---|---|---|
| 数式のつながり(正しいセルを参照しているか) | 89% | 骨組みはほぼ正しく組める |
| 体裁(色分け・数値の書式・出典の記載) | 81% | 見た目は投資銀行の作法にかなり近い |
| 数値の正しさ(正解の値と一致するか) | 64% | 3つに1つ以上の数値がずれている |
| モデルの種類別:LBO・DCF | 各70% | 計算が長くつながるモデルほど誤りが連鎖する |
| モデルの種類別:データルームの要約 | 87% | 与えられたデータの集計・要約は得意 |
注目したいのは、数式は9割近く正しいのに、数値は6割台にとどまる点です。評価機関の解説によれば、数式は正しいセルを参照していれば合格しますが、参照先の値そのものが間違っていれば、計算結果も間違ったままになります。つまりAIが作った財務モデルは、「数式を追うと正しく見えるのに、答えが違う」という形で間違えることが多い。人がいちばん気づきにくい間違え方です。
まとめると、2026年10月時点のAIは、速さと見た目ではジュニアバンカー並みかそれ以上、数字の正確さではまだ届かない、という段階です。ただし、同じ評価でも前の世代のモデルより点数は着実に上がっており、この差は縮まり続けています。だからこそ「AIはここが苦手だから人が要る」という理由づけだけでは、すぐに古くなります。後半では、AIの性能が上がっても変わらない、人に残る仕事を考えます。
AIが作った財務モデルで起きやすい誤り
4月の記事で紹介したWall Street Prepの検証(Appleの財務三表モデルを4つのAIツールに作らせたもの)でも、誤りの出方には共通の傾向がありました。2026年初めの時点のモデルでの検証ですが、AIが作ったモデルを読むときの着眼点としては今も役に立ちます。
- 過去実績の取り違え:一部の科目の数字が間違っているのに、小計は正しく合っている。小計だけ見て安心すると見落とす
- 本来は計算で流すべき値の直打ち:前提から引くべき数字が、計算行に数値で打ち込まれている(いわゆるハードコード)。前提を変えてもモデルが動かない
- 差額を埋めるつじつま合わせ:貸借対照表の差額を、根拠のない調整項目(プラグ)で埋めて一致させている
- 借入と利息のつながりの省略:現金や借入の残高から利息を計算するという、財務三表の結節点が組まれていない
同検証は、AIツールは人がふだん見ない場所に誤りを隠してしまう、と指摘しています。ゼロから6割程度まで一気に作る用途には向くが、十分な確認なしに最後まで任せるのは危ない、というのが結論でした。
AIが作った財務モデルの確かめ方:外から内へ
AIが作ったモデルは、自分で組んだモデルと違い、「どこで何をしたか」を自分が知りません。そこで、出力→前提→計算の順に、外側から確かめていきます。
ステップ1:検算行を自分で足す
最初に、貸借対照表の資産合計と負債・純資産合計が一致するか、キャッシュフロー計算書の期末現金と貸借対照表の現金が一致するかを、自分で書いたチェック行で確かめます。AIが用意したチェック行が「OK」と表示していても、そのチェック行自体が正しいとは限りません。チェックの考え方は財務モデルのQC(品質チェック)の記事で整理しています。
ステップ2:結果が常識的な水準か確かめる
DCFなら、ターミナルバリュー(予測期間より先の価値)が企業価値の何割を占めているか、そしてインプライドExitマルチプル(ターミナルバリューを最終年度のEBITDAで割った倍率。EBITDAは利払い・税金・償却前の利益)が類似企業の水準からかけ離れていないかを見ます。ターミナルバリューが8割を超えるなら前提の強気を疑う、という目安を含め、具体的な手順はDCFとマルチプルが乖離したらどう読むかで解説しています。
ステップ3:前提の出所を確かめる
売上成長率、利益率、運転資本の回転日数などの前提が、どの資料の何から来ているのかを1つずつ確かめます。出典が書かれていない前提や、資料と一致しない数字は、AIが「それらしく」置いた可能性があります。前提を一覧にして根拠を書き添える方法は、前提(Assumptions)の置き方の記事が参考になります。
ステップ4:数式をたどり、前提を動かしてみる
主要な行は、参照元のトレースで前提までさかのぼり、途中に数値の直打ちがないかを確かめます。最後に、売上高を10%下げる、金利を1%上げるといった変化を加え、利益・現金・借入が自然な方向に動くかを見ます。前提を変えても動かない行があれば、そこに直打ちかつじつま合わせが隠れています。
前提の判断はスプレッドシートの外で決まる
ここまでの確認は、モデルが「正しく計算されているか」を見るものでした。しかし実務で本当に問われるのは、その手前の「何を前提に置くか」です。ここでは、どのモデルにも必ず出てくる販管費(販売費及び一般管理費)を例に考えます。
販管費を「横ばい」で置くか「売上高比率」で置くか
売上高1,000、売上総利益率40%、販管費200(売上高の20%)の会社が、今後5年間、売上高を年5%ずつ伸ばす計画だとします。簡単のため減価償却費はないものとし、営業利益をEBITDAとみなします。5年後の売上高は1,276.3、売上総利益は510.5で、ここまではどの置き方でも同じです。販管費の置き方を3通り試すと、5年後の姿は次のようになります。
| 販管費の置き方 | 5年後の販管費 | 5年後のEBITDA | EV/EBITDA 8倍で見た企業価値 |
|---|---|---|---|
| A:実績横ばい(毎年200) | 200.0 | 310.5 | 2,484 |
| B:売上高比率(売上高の20%) | 255.3 | 255.3 | 2,042 |
| C:固定部分120+変動部分(売上高の8%) | 222.1 | 288.4 | 2,307 |
売上高も粗利率も同じなのに、販管費の置き方ひとつで、5年後のEBITDAはAとBで55.3(約2割)違い、企業価値では442の差になります。Cは、販管費を売上に連動しない部分(家賃や本社の人件費など)と連動する部分(販売手数料や物流費など)に分けた置き方で、実績の200(=120+1,000×8%)を再現しつつ、AとBの間に収まります。
どれが正しいかは、費用の中身で決まる
実務では、販管費を科目ごとに分け、売上に連動しない費用は金額で、連動する費用は売上高比率で置くCのような方法がよく使われます。ただし、それで答えが決まるわけではありません。売上に連動しないはずの家賃や人件費も、売上が伸びれば拠点や人員の増加とともに段階的に増えます。逆に、売上に連動するはずの物流費も、委託先を見直せば比率が下がります。
どの費用がどれだけ固定的で、どれだけ売上に連動するのか。その判断材料は、勘定科目の内訳、賃貸借契約やライセンス契約、採用や出店の計画、そして経営陣へのヒアリングといった、スプレッドシートの外にあります。一時的な費用を除くかどうかという判断も同じで、正常化EBITDA(QoE調整)の議論そのものです。
AIは置き方を提案できる。決め手の情報は手元にないことが多い
誤解のないように書いておくと、AIに「販管費をどう置くべきか」と聞けば、固定費と変動費に分けて置くべきだ、といった一般論として妥当な答えが返ってきます。理由もきちんと説明します。この種の判断を「AIにはできない」と考えるのは、もう正確ではありません。
問題は、その会社にとってどれが正しいかを決める情報が、AIの手元にないことが多い点です。来期から物流を外部に委託する、本社を移転して家賃が下がる、経営陣が人員を絞る方針を持っている――こうした情報は資料に書かれておらず、経営陣との面談や現場の確認で初めて分かることが少なくありません。どの情報を取りに行くべきかを知っていて、聞いた話を前提に落とし込めるのは、モデルの構造を理解している人です。
ケースを最後に決めるのは人間
さらに、前提の水準をどこに置くかは、最終的には意思決定です。買い手であれば投資委員会が、売り手であればオーナーや経営陣が、ベース・アップサイド・ダウンサイドのどのケースを判断の拠りどころにするかを決めます。アドバイザーの役割は、それぞれの前提がどんな数字につながり、その根拠は何かを示して議論を支えることです。AIがどれだけ速くモデルを組めるようになっても、どのケースを採用し、その結果に責任を持つのは人間です。
AIを使うなら:下書きはAI、前提と最終確認は人
ここまでを踏まえると、AIの使い方の基本形が見えてきます。作業の速さはAIに任せ、判断と確認を人が持つ、という分担です。
- 元になるデータは自分で渡す:先の検証でも、AIに過去実績を探させると数字の取り違えが起きやすく、決算資料や表を渡して作らせるべきだとされていました
- 前提は自分で決めて渡す:AIに前提を置かせた場合は、置いた前提を一覧にさせ、それぞれの根拠と出典を書かせる
- 出来上がったモデルは、上の4ステップで確かめる:特に数値の正しさは、AIが最も苦手とする部分です
- ケースを切り替えて全体が動くか確かめる:ベースからダウンサイドに切り替えたとき、利益・現金・借入・企業価値まで連動して変わるかを見る
こう使えば、AIはモデルの組み立てにかかる時間を大きく減らしてくれます。逆に、前提も確認もAIに任せてしまうと、見た目の整ったモデルに隠れた誤りを抱えたまま、クライアントの前に立つことになります。
専門家判断を自分の言葉で語れる人が信頼される
会議の場では、「販管費はなぜこの置き方なのか」「ダウンサイドはなぜこの水準なのか」と必ず聞かれます。ここで「AIがそう出したので」と答えるアドバイザーを、クライアントは信頼しません。前提の一つひとつについて、何を根拠に、なぜその置き方を選んだのかを自分の言葉で説明できること。それが、AIが当たり前に使われる時代に、専門家として信頼を得る条件です。モデルを説明するときの型はモデル提出後の想定問答で紹介しています。
そして、AIが作った財務モデルの誤りを見抜く力も、前提の判断を語る力も、自分の手でモデルを組んだ経験からしか身につきません。数式は正しいのに数値が違う、差額をつじつま合わせで埋めている――こうした誤りがどこに隠れやすいかは、自分で一度組み、自分で一度間違えて初めて分かります。AIが下書きを数十分で作れるようになった今、差がつくのは、その下書きを正しく直し、前提を選び、説明できるかどうかです。
まとめ
- 2026年10月時点のAIは、財務モデルの骨組みと見た目ではジュニアバンカー並みだが、数値の正確さはまだ届かず、顧客にそのまま出せる完成品ではない
- AIが作った財務モデルは、検算行、結果の水準、前提の出所、数式のトレースの順に、外から確かめる
- 販管費の置き方ひとつで企業価値は約2割変わる。どれが正しいかは、費用の中身や経営陣の方針といったスプレッドシートの外の情報で決まる
- ケースを決めるのは人間。前提の根拠を自分の言葉で語れる人が信頼される
当サイトのDCFモデルのチュートリアルとLBOモデルのチュートリアルでは、前提の置き方から一つずつ手を動かしてモデルを組んでいきます。練習版のExcelファイルは無料でダウンロードできます。AIに任せる前に一度自分で組んでおくと、AIが作ったモデルのどこを疑えばよいかが分かるようになります。