3ステートメントモデルとは — なぜ「連動」が本質なのか
3ステートメントモデル(Three Statement Model)とは、損益計算書(P/L)・貸借対照表(B/S)・キャッシュフロー計算書(C/F)の財務三表を、一つのExcelモデルの中で完全に連動させた財務モデルのことです。売上成長率や設備投資といった前提を一つ変えると三表すべてが自動で再計算され、最終的には企業価値の評価額まで一気通貫で更新されます。DCF法(将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値を求める評価手法)のモデルも、LBOモデルもM&Aモデルも、すべてこの3ステートメントモデルを土台にして組み上げられます。
なぜ「連動」がそこまで重要なのでしょうか。三表がつながっていないモデルでは、前提を変更した瞬間にB/Sの左右が一致しなくなったり、C/Fの期末キャッシュがB/Sのどこにも見当たらない数字になったりします。数字を手で貼り直して辻褄を合わせるモデルは、前提を変えるたびに壊れる使い捨てのモデルです。逆に、連動の仕組みさえ正しく設計しておけば、どれだけ前提を動かしてもモデルは崩れません。
本記事では教科書的な一般論ではなく、当サイトで配布している実物のDCFモデル(架空企業「A株式会社」を題材にした練習版・完成版)を教材に、どのシートのどの数字がどこへ流れていくのかを具体的に解剖します。なお、本文中の金額の単位はすべて百万円です。
モデルの全体設計 — 8枚のシートの役割分担
実務のモデルは、いきなり財務三表のシートから作り始めません。まず「入力」「計算」「出力」「評価」という役割ごとにシートを分けます。これが設計思想の出発点です。当サイトのモデルは、次の8枚のシートで構成されています。
| シート名 | 役割 | 主な中身 |
|---|---|---|
| Cover | 操作盤 | ケース切替(強気・ベース・弱気)、循環参照スイッチ、収益認識タイミング、基準日 |
| inp | 入力(前提条件) | 売上成長率、売上原価率、回転日数、設備投資比率、税率、借入の返済計画と利率 |
| calc | 計算(ロールフォワード) | 有形固定資産、持分法投資、非支配持分、株主資本、運転資本、WACC(加重平均資本コスト) |
| debt | 計算(デットスケジュール) | 借入・社債ごとの期初残高・返済・期末残高、支払利息、受取利息 |
| IS | 出力(損益計算書) | 売上収益から当期利益、EBITDA(利払い・税金・償却前利益)まで |
| BS | 出力(貸借対照表) | 資産・負債・資本と、バランスチェック行 |
| CF | 出力(キャッシュフロー計算書) | 間接法による営業・投資・財務キャッシュフローと、現金残高のロール |
| DCF | 評価(バリュエーション) | FCF(フリーキャッシュフロー)、ターミナルバリュー、EV(事業価値)、株式価値 |
シート名は略語です。inpはinput(入力)、calcはcalculation(計算)の略で、ISは損益計算書(英語でIncome Statement。日本の実務ではP/Lとも呼びます)、BSは貸借対照表、CFはキャッシュフロー計算書を指します。
ポイントは、数字を手で打ち込む場所がinpシートにほぼ集約されていることです。calcシートとdebtシートは、inpの前提から中間計算を行う「計算部門」。IS・BS・CFの三表は、それらを参照して自動的に組み上がる「出力」です。そして最後のDCFシートが、完成した三表からフリーキャッシュフロー(FCF。事業が生み出し、資金の出し手に分配できるキャッシュ)を取り出して企業価値を計算する「評価」の層になります。入力・計算・出力を分離しておくことが、前提変更に強いモデルの第一条件です。
なお、海外の教材ではinpに当たるシートをAssumptions、calcやdebtに当たる部分をSupporting Schedulesと呼ぶのが一般的です。呼び方が違うだけで中身は同じなので、洋書や海外サイトで学ぶときはこの対応を頭に置いておくと迷いません。また、入力セルと計算セルをひと目で見分けるための色分けの運用は、財務モデルの色分けルールの記事で解説しています。
財務三表がつながる5つの結節点
三表連動と聞くと複雑な配線を想像しがちですが、三表が実際につながっている場所は限られています。このモデルで言えば、次の5つの結節点さえ押さえれば全体像がつかめます。
結節点① 当期利益:P/LからC/FとB/Sへ
P/Lの最終行である当期利益は、2方向へ流れます。1つ目はC/Fの先頭行です。このモデルのC/Fは間接法(当期利益から出発し、現金の動きを伴わない項目や運転資本の増減を調整して、キャッシュの流れに変換する方式)で作られており、当期利益がすべての出発点になります。2つ目はB/Sの資本です。calcシートで「期初残高+当期利益−配当=期末残高」という株主資本のロールフォワード(残高の転がし計算)を行い、その期末残高がB/Sの「親会社の所有者に帰属する持分」に入ります。教科書で「純利益は利益剰余金に加算される」と説明される動きを、このモデルでは資本全体のロールフォワードとして一本化しています(少数株主に帰属する非支配持分も同じ型で別途管理します)。
結節点② 固定資産と減価償却:BASE型ロールフォワード
固定資産のように「残高が期をまたいで転がっていく」項目は、BASE型と呼ばれる定番の型で組みます。Beginning(期初残高)+Additions(増加)−Subtractions(減少)=Ending(期末残高)の頭文字です。calcシートの有形固定資産を、実際の数字で見てみましょう。
| 有形固定資産(2018年予測) | 金額(百万円) | 数字の出どころ |
|---|---|---|
| 期初残高 | 717,914 | 前期末残高の引き継ぎ |
| (+)設備投資 | 95,904 | 売上収益2,397,609×4%(inpの前提) |
| (−)減価償却 | 100,508 | 期初残高717,914×14%(inpの前提) |
| (=)期末残高 | 713,310 | B/Sの有形固定資産へ |
この一つの計算ブロックから、三表すべてに数字が配られます。期末残高はB/Sの有形固定資産へ。減価償却はP/Lの費用になると同時に、現金の出ていかない費用としてC/Fで足し戻されます。設備投資はC/Fの投資キャッシュフローに計上されます。1か所で計算し、必要な場所へ参照で配る。これが連動モデルの基本動作です。
結節点③ 運転資本:回転日数から変動額へ
運転資本(Working Capital)とは、営業債権や棚卸資産のように事業を回すために寝ているお金から、営業債務のように支払いを待ってもらっているお金を差し引いたものです。このモデルではinpシートの回転日数(各残高が売上や仕入の何日分に相当するかを示す前提。営業債権はおおむね76日、棚卸資産は44日、営業債務は122日)をもとに、calcシートで将来の各残高を計算します。
残高そのものはB/Sの各科目に入ります。一方、C/Fに流れるのは残高ではなく前年からの変動額(Δ運転資本)です。売上が成長すると債権や在庫も膨らみ、運転資本が増えた分だけキャッシュが食われます。「利益は出ているのにキャッシュが減る」という実務でよく起きる現象を数字で表現するのが、この結節点の役割です。
結節点④ 有利子負債と支払利息:debtシート
借入金や社債は、debtシートで1本ずつBASE型のスケジュール(期初残高→返済→期末残高)にして管理します。いわゆるデットスケジュールです。各借入の支払利息は「期中平均残高×利率」で計算します。期初と期末の平均を使うのは、借入や返済が期中に散らばって起きることを近似するためです。
ここからの配線は3本あります。支払利息の合計はP/Lの金融費用へ。長期分の期末残高の合計はB/Sの「社債及び借入金」へ。そして、その残高の前年からの増減がC/Fの財務キャッシュフローに計上されます。短期借入金(リボルバー)だけは特別扱いで、次の結節点⑤に登場します。
結節点⑤ 現金の締めとリボルバー:現金がマイナスになったら?
最後の結節点が、このモデルの設計の肝である現金の締めです。C/Fの末尾では「期初残高+当期のネットキャッシュフロー=期末残高」という現金のロールを行います。問題は、この期末残高がマイナスに沈んだときです。現実の会社の現金残高はマイナスになりませんから、足りない分はどこかから借りてくる必要があります。
このモデルは、期末残高がプラスならB/Sの現金へ、マイナスなら「短期借入金」としてB/Sの負債側へ自動で振り替えます。Excel上はMAX関数とMIN関数の使い分けで、現金=MAX(期末残高, 0)、短期借入金=-MIN(期末残高, 0)という2本の式だけで実装できます。必要なときに借りて、余ったら返す当座借越のような枠、いわゆるリボルバーの簡易実装です。
実際の数字で確認しましょう。2018年予測では、期初の持ち高がマイナス40,154です(2017年末の現金58,054から短期借入98,208を差し引いたネットの持ち高。このモデルの現金ロールは、現金と短期借入を通算したネットポジションで回っています)。ここに当期のネットキャッシュフロー24,228が加わり、期末残高はマイナス15,926。したがってB/Sには、現金0・短期借入金15,926として着地します。
鋭い方は気づいたかもしれません。短期借入が立つと支払利息が増える。支払利息が増えると当期利益が減る。当期利益が減るとキャッシュフローが減り、期末残高がさらに沈んで短期借入が増える。計算が一周して自分自身に戻ってくる、循環参照の誕生です。このモデルではCoverシートのスイッチで循環参照のON/OFFを切り替えられるようにしてあります。仕組みの作り方と安全な運用は、循環参照スイッチの記事で詳しく解説しています。
構築の順序とバランスチェック
三表連動モデルは、作る順序もほぼ決まっています。①実績値を入力し、inpシートで予測の前提を設定する。②P/Lの営業段階(売上収益から営業利益まで)を組む。③calcシートで固定資産・株主資本・運転資本のロールフォワードを作る。④debtシートでデットスケジュールを組み、支払利息をP/Lに戻してP/Lを完成させる。⑤C/Fを組む。⑥最後にB/Sを、ここまでの計算結果への参照だけで組み上げる。三表を上から順番に作るのではなく、計算シートを先に固めるのがコツです。
そして完成の判定基準がバランスチェックです。B/Sの最下部に「負債及び資本の合計−資産の合計」を計算する検算行を設け、これが全期間でゼロであることを常に確認します。ゼロでなければ、5つの結節点のどこかで配線が切れています。差額が出たら、直前に触った結節点から順に遡って調べるのが早道です。モデル全体を検証する手順は、財務モデルの品質チェックの記事にまとめています。
三表の出口はDCF — 財務モデルの完成形
三表が正しく回れば、DCFシートはほぼ参照だけで完成します。P/LのEBITDAから減価償却を引けばEBIT(営業利益)、そこから税金を引けばNOPAT(みなし税引後営業利益)。さらに、結節点②と③で計算済みの減価償却・設備投資・Δ運転資本を調整すればFCFです。あとは各年のFCFをWACCで現在価値に割り引き、予測期間より先の価値をターミナルバリューとして加えれば事業価値(EV)が求まります。そこからネットデットなどを調整すれば、株式価値、さらに1株当たり価値まで一気通貫で計算されます。
つまり、inpシートの売上成長率を一つ書き換えるだけで、三表からDCF、理論株価までが瞬時に更新される。これが3ステートメントモデルを土台にすることの最大の果実です。DCFの計算過程そのものは、チュートリアル第1回から18ステップで手を動かしながら学べます。
まとめ — 5つの結節点を押さえれば三表連動は崩れない
3ステートメントモデルの設計思想を、実物のモデルで解剖してきました。要点は3つです。第一に、入力(inp)・計算(calc・debt)・出力(IS・BS・CF)・評価(DCF)を分離すること。第二に、三表の配線は5つの結節点、すなわち当期利益・固定資産・運転資本・有利子負債・現金の締めに集約されること。第三に、現金の締めをMAX/MINのリボルバーで受け、バランスチェックで常時検算すること。この3点を押さえれば、前提をどれだけ動かしてもモデルは崩れません。
本記事で解剖したA株式会社のモデルは、練習版のExcelファイルを無料でダウンロードできます。記事を読むだけでは、連動は身につきません。実物のセルを一つずつ辿りながら、5つの結節点をご自身の手で確かめてみてください。