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類似取引比較(Comparable Transaction Analysis、CTA)分析の作り方

類似取引比較分析とは何か

類似取引比較分析(Comparable Transaction Analysis(CTA)やPrecedent Transaction Analysis(PTA)と呼ばれます)とは、過去に完了したM&A取引の買収価格をマルチプルとして算出し、評価対象企業の価値推定に活用する手法です。類似企業比較分析が「現在の株式市場での同業他社の評価」を基準にするのに対し、類似取引比較分析は「実際の同業他社のM&A取引で買い手が支払った価格」を基準にします。

M&Aの買収価格にはコントロールプレミアム(経営権取得のための上乗せ)が含まれるため、類似取引比較分析のマルチプルは類似企業比較分析より高くなる傾向にあります。株式市場の株価がバブルなどで加熱することもあり、類似企業比較分析の方がマルチプルが高くなることもありえますが、一般論として企業の株を1株買う(=類似企業比較分析での値付け)よりも企業の過半の株を買う(=類似取引比較分析での値付け)方が、一株当たりの価格が高くなる(=マルチプルが高くなる)と覚えておくとよいでしょう。

ちなみに、類似企業比較分析(Comparable Company Analysis(CCA))と類似取引比較分析(Comparable Transaction Analysis(CTA))を総称してマーケット・アプローチと呼びます。また、英語のComparableを略してコンプス分析と呼ぶこともあります。類似企業比較分析(CCA)は市場株価(=マーケット)を参照しているのでマーケット・コンプス、類似取引比較分析(CTA)は取引(=トランザクション)を参照しているのでトランザクション・コンプスと呼びます。

類似企業比較分析との比較

類似企業比較分析と比べた特徴を整理します。基準となる価格として、類似企業比較分析は現在の株式市場での取引価格(マイノリティベース)を使い、類似取引事例分析は過去のM&A取引での買収価格(コントロールベース)を使います。コントロールプレミアムについて、類似企業比較分析には含まれず、類似取引比較分析には含まれます。市場環境の影響として、類似企業比較分析は現在の市場環境をそのまま反映し、類似取引比較分析は取引時の市場環境を反映するため古すぎる取引は参考度が下がる一方で、データを入手できる類似取引はそれほど多くないため、過去10年程度、場合によってはそれ以上過去に遡ってデータを集めることもよくあります。

類似企業比較分析は上場企業の市場データなので類似企業さえ特定できればデータは容易に取得できますが、類似取引事例分析は非公開取引では買収価格やEBITDA等の情報が入手困難できないため、類似取引事例は見つかったもののマルチプルが公開されていないというケースが多く、取引事例を集めるのに苦労することもあります。そういった場合は、下に説明する類似取引の選定基準を緩めることで事例を多く収集するのが一般的です。

コントロールプレミアムとは何か

コントロールプレミアムとは、M&A取引において買い手が対象企業の経営権(コントロール)を取得するために、市場株価に上乗せして支払う価格です。歴史的に見ると、コントロールプレミアムは市場株価に対して20〜40%程度が多いとされています。ちなみに、交渉の結果で決まる取引価格のうち何%がコントロールプレミアムなのかは誰にも特定することができないので、コントロールプレミアムを直接観測して計算することはできません。このため、コントロールプレミアムによる価格上乗せ幅は、類似企業比較分析とのマルチプルの差などから推計されています。

コントロールプレミアムが生じる理由は、①シナジー効果(コスト削減・売上増加)、②経営改善余地(非効率な経営の改善)、③戦略的価値(競合排除・市場シェア獲得)などです。

類似取引比較分析の実施手順

類似取引の選定

類似取引の選定基準は以下の通りです。①業種:対象企業と同一または類似セクター。②取引規模:対象企業の規模に近い取引。③取引時期:直近3〜5年が理想(市場環境が大きく変わった場合は除外)。④取引タイプ:戦略的買収か財務的買収(PE)かを区別。⑤地域:同一国・地域の取引を優先。

データソースとしてはMergerMarketなどの有料データベースが主に使われますが、データソースは公開情報のため、現在ではChatGPTなどのAIを使うことでも情報を収集できます。また、開示情報(プレスリリース、M&A届出書類)も参照します。日本の場合はM&Aデータベースや適時開示情報が参照先になります。

あなたがM&Aアドバイザーである場合、マルチプルを計算するだけでなく、開示資料をきちんと把握して、各取引のマルチプルが平均値や中央値から乖離している場合にはその固有の事情を理解して顧客に説明できるようにしておくことが重要です。

マルチプルの計算

各取引についてEV(取引価格ベース)を計算します。取引EV=買収対価(株式取得価格)+ネット負債引受額。これを取引時点のLTM EBITDAで割ってEV/EBITDAを算出します。

Excelの実装は、類似企業比較分析と同様に縦軸に各取引、横軸にマルチプルを並べた表を作成します。取引日・買い手・売り手・取引金額・EV/EBITDA・EV/EBIT・プレミアム(対30日前株価など)を一覧化します。

実務での使い分け:どちらを前面に出すか

支配権を獲得するM&A取引においては、類似企業比較分析よりもコントロールプレミアムを含む類似取引比較分析をより重視する傾向にありますが、現在の市場環境下での評価を反映している類似企業比較分析のマルチプルも参照しながら、バリュエーションを総合判断していきます。

まとめ

類似取引比較分析は「実際のM&A取引で支払われた価格」を基準にするため、コントロールプレミアムを含んだバリュエーションが得られます。類似企業比較分析(市場株価ベース)と組み合わせることで、マイノリティ価値とコントロール価値の両方を把握できます。

バリュエーションでは、企業価値をピンポイントで当てることは困難なため、DCF、類似企業比較分析、類似取引比較分析を総合的に勘案して、適切な価格レンジを見定めることが重要になります。

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